「節目」プロテスタント宣教150 周年




 今年は「プロテスタント宣教150周年」というキリスト教会にとって大切な節目を迎えています。この一年、プロテスタント諸教会では様々な行事が予定されています。大きなイベントは「日本プロテスタント宣教150周年記念大会」(超教派)が7月8・9日にパシフィコ横浜で開催されます。1855年「日米和親条約」、1858年「日米修好通商条約」が締結されました。そして、1859年、横浜、長崎、函館、新潟、神戸の五つが開港しました。1616年(元和2年)から1858年の日米修好通商条約締結までの242年間と長きにわたる鎖国が解かれたのです。開港と同時に多くの宣教師たちが主に米国から日本にイエス・キリストの福音を伝えるために派遣されました。彼らは教育、医療とそれぞれの賜物を生かしつつ禁教下の日本において伝道活動をしました。最初に来日したのは米国聖公会のジョン・リギンズ宣教師とチャニング・ウィリアム宣教師です。教育の賜物を生かし「立教学校」(現・立教大学)を創立しました。米国オランダ改革派教会からフルベッキ宣教師、ブラウン宣教師が派遣され、医療宣教師シモンズは横浜病院(現・十全病院)で医療・医学教育に仕えました。それから明治学院大学の創立者であり、ヘボン式ローマ字で有名な米国長老教会のヘボン宣教師がいます。しばらくしてジェームズ・バラ宣教師が来日し、メアリー・ギター、ブライン、クロスビー、ビアソンといった婦人宣教師が来日ました。その他にも多くの宣教師たちが開港後に日本伝道のために派遣されました。同時期に日本語聖書の翻訳もなされました。新約聖書が1880年、旧約聖書は1887年に完成しています。

ところで、日本のキリスト教禁止令は1614年から1873年(明治6年)までの259年間続きました。その弾圧の厳しさはローマに次ぐものとされ、30万人近い殉教者を出したと言われています。琉球においても1634年に石垣永将、1638年には宮良永定(永将の弟)が殉教し、彼らに福音を伝えたスペイン人神父ルエダも処刑されています。幕府の厳しい弾圧の故に日本のキリスト教(カトリック)はほとんど消滅してしまいました。1859年の開港はプロテスタントのみならずカトリック教会においても重要な出来事でした。それによってカトリック教会も息を吹き返したからです。 鎖国の解かれる13年前、1846年バーナード・J・ベッテルハイム(1811〜1870)が英国海軍琉球伝道会より琉球に派遣されました。ベッテルハイムの9年間の琉球伝道は日本プロテスタント伝道の先駆者として非常に重要な働きであったことを忘れてはなりません。当時、琉球は日本の玄関と見做されていたからです。       
(文・具志堅篤)








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