v87特集

この神さまに間違いなし

太田正子さん

太田正子さん(84歳)

ユタの助言で教会へ

 私の救いは、母キヨの信仰なしに語ることはできない。私が6歳の頃、父は戦死。母は、4人の子どもを養うために骨身を惜しまず働いた。家族の幸せのためにと、ユタ(沖縄の霊媒師)のところに行き、祈ってもらうことも多々あった。私たちの住んでいた宜野座村漢那はユタが多く、いたるところに拝所があり、親戚の叔父は、地域でも有名なユタで一目置かれる存在だったからだ。
 

 ある日、その叔父が私たちの自宅を訪れ、不思議な事を言い出した。「キヨ。イエス・キリストが真の神さまだ。キリストを信じれば、人生の心配なんてなくなる。だからあんたは教会に行きなさい」女手一つで小さな子どもたちを育てる母を気にかけたのか。尊敬する叔父から教会へ行くようにとの助言を受けた母は、その週の日曜日から教会に通い始め、なんとイエスさまを救い主として受け入れた。

 それからの母の口癖は「イエスさまを信じたら何も心配しなくていい」になった。そして、母の兄弟や親戚も教会に通うようになっていった。

ひ孫を抱くキヨさん

 

母に反発し家を出る

 私は成長するうちに、イエスさまのことばかり口にする母に反発するようになった。イエスさまの話をすると遮ったり、教会に誘われても断固拒否する始末である。
 
 18歳で家を出て、浦添市にある叔母の食堂で働き始めた。22歳、お客さんだった主人と結婚し、23歳で長男を出産。家を訪ねてくるたび、イエスさまや教会の話をする母に「もう教会の話はしないで」ときつい言葉を言い放ったこともあった。
 
 24歳、次男を出産した時のことだ。産後の体調がすぐれず、家事もままならない状態が続いていた。見かねた主人は実家で休むことをすすめ、宜野座村へ一時帰省。母は手厚く世話をしてくれた。


 体調が回復してくると、母は「あんたも教会に行きなさい」と言ってきた。いつもの私なら言い返しているところだが、自然と口から「私も教会に行く」と返事をしていた。私の救いのために母やクリスチャンの親戚、教会の皆さんが祈ってくれていたことはその後、知ることになる。

信仰生活の始まり

 通い始めた教会には、その後の信仰生活でお世話になる、伊波盛次郎牧師がおられた。教会に通い始めて3カ月がたった頃、先生は私に「正子さん、あなた洗礼を受けなさい」と仰った。突然の言葉に戸惑いを隠せず「先生。私、まだイエスさまのことをしっかり知らないのに洗礼なんて受けられません」と答えた。それでも先生は「大丈夫、まずイエスさまを信じますと言いなさい。そうすれば、あとは全部神さまが教えてくださるから」と仰るではないか。


 教会に一緒に行っていた友人に相談すると「いいね!正子、一緒に洗礼受けよう」との返事。私は決意を固め、1963年、洗礼を受けた。これが私の信仰生活の始まりだった。
 

 イエスさまを信じてから今日まで約60年間、思い返すのは辛いことではなく感謝しかない。神さまは私を守り、必ず祈りに応えてくださることを体験してきたからだ。

正子さん(後列中央)教会のみなさんと

主人の救い

 その一つが主人の救いである。彼は喜界島の出身で、先祖崇拝に熱心な家庭で育った。それにも関わらず、私が教会に行くことや牧師先生を招いての家庭集会に一度も反対したことがなかった。

 また、彼がタクシー運転手として働いていた頃、仕事もできないほど酷い神経痛に悩まされていた時期があった。その時、家庭集会に来ていた伊波先生が主人のいやしのために祈ってくださった。3日も経たないうちに元気になり、仕事を再開することができた。それまでひどく痛がっていたのが嘘のようで、思わず「あんた嘘ついていたんじゃないの?」と言ってしまうほど。その体験を通して、主人はイエスさまが本当の神さまだと確信し、一緒に教会へ通うようになった。 

 そして1982年、主人はイエスさまを信じ洗礼を受けた。90歳を超えた今も、時に涙しながら「僕は神さまに守られているから何も怖くない」と言うほど主に信頼する生活を送っている。その姿を見るたび、羨ましさと心からの感謝を覚えている。

私の前を通りなさい

 親戚のユタの叔母が救われた時も不思議なことが起きた。叔母が亡くなる前に入院していた時のことである。

 ある日叔母は不思議な夢を見た。大きな木のそばに外国人の綺麗な男性が立っており「私の前を通らないと向こう側(天国)に行けないよ」と言われたと言う。私はすぐにそれがイエスさまだと悟った。なぜなら、叔母の子どもたちは皆クリスチャンになっており、母親の救いのために熱心に祈っていたからだ。

 その夢の意味を聞かれ「叔母さん、それはイエスさまだよ!だからイエスさまを信じなさい」と言った。叔母はその後、イエスさまを信じて救われた。神さまは、本当に生きて働かれる方だと心から感謝した。

孫への信仰継承

 このような素晴らしい体験をしてきたが、私の3人の子どもたちは中学生になると教会から離れてしまった。しかし、神さまは私の家族の中でも確かに働いておられる。特に、孫息子と一緒に暮らした18年という歳月は、私にとってかけがえのないものとなった。母キヨから受け継いだ私の信仰は、不思議な方法で孫へと継承されていったのだ。

祖母と歩んだ信仰生活 太田寛祈さん(太田正子さん孫)

 私が1歳の頃、弟が生まれた。弟は体が弱く、母はその世話にかかりきりで私の面倒を見ることが難しかった。私は祖父母に預けられ、複雑な家庭の事情もあり、高校を卒業するまで祖父母の家で暮らした。

 祖母は、聖書を読むこと、祈ること、そして教会に行くことを大切にしていた。毎朝、祖母と二人で聖書を開き、数章を朗読し、祈って朝ごはんを食べる。それは我が家の当たり前だった。聖書を読むことは勉強よりも大切で、寝坊して遅刻しそうな時でさえ、聖書の朗読と朝ごはんだけは必ず済ませてから私を学校へ送り出した。そのおかげで、小学校の6年間で聖書を2回通読することができた。また、祖母は何かあるたびに祈ってくれ「イエスさまを信じれば大丈夫」と口癖のように言っていた。

 毎週木曜日には、伊波盛次郎先生が家に来て家庭集会をしてくださり、幼い頃から牧師先生や教会というものを身近に感じられたことは恵みだった。また、教会のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちがよく遊び相手になってくれたり、大人の方々と話すことも好きだった私にとって、教会はとても楽しい場所だった。

 特に、伊波先生に可愛がってもらったことは、私がイエスさまを個人的に受け入れるきっかけでもあった。中学2年生の頃、先生は高齢のために牧師の働きを引退することとなった。祖母は「伊波先生が引退する記念に、あんた洗礼を受けなさい」と言ってきた。そんな理由で洗礼を受けて良いのかと疑問に思ったが、伊波先生のおかげでイエスさまのことを知り、可愛がってもらったことが神さまの愛を知るきっかけになったことは確かだった。それならと、洗礼を受ける決心をし、尊敬する伊波先生から洗礼を受ける恵みに預かった。ただイエスさまを信じて信仰の一歩を踏み出したのは、どこか祖母の洗礼の時と似ているような気がする。

 高校を卒業して、福岡の専門学校に進学することになった私を送り出す時も「毎週日曜日は、絶対教会に行きなさい」と祖母は口酸っぱく言ってくれた。伊波先生のあと、牧会を引き継いだ藤田久雄先生は、福岡でも信仰生活を守れるようにと、福岡の教会へ転籍届けを出してくださった。そんな祖母と先生の心遣いが福岡での私を守ってくれた。
 初めての一人暮らし、福岡という都会は誘惑だらけだった。しかし、通い始めた教会の先生やメンバーの皆さんはとても良くしてくださった。あの時、私の信仰は私一人ではなく、多くの人の祈りと愛によって助けられているということを、身をもって体験した。

 沖縄に帰ってから、母教会の小禄バプテスト教会、また沖縄バプテスト連盟の青年会で奉仕をさせて頂けることは、私にとってまた大きな恵みである。曽祖母から祖父母へ繋がれた「イエスさまを信じれば大丈夫」という信仰と祈りに支えられて今の自分があることに心から感謝している。私自身が祈られて来たように、私の両親や兄弟たちの救いを祈っている。

孫の寛祈さんと一緒に

イエスさまを信じれば間違いはない 太田正子さん

 母が天に召される直前、どうしても伝えたいことがあり、入院中の母を訪ねた。「母ちゃんに3つ伝えたいことがあるよ。まずは、私を産んでくれてありがとう。もう1つは、私の子どもたちを可愛がってくれてありがとう」母はうん、うん、とうなずいて聞いていた。「最後は何?」と聞く母に「何よりも1番感謝していることはね、私をイエスさまに導いてくれてありがとう」と伝えた。

 それまで母と信仰について話したことがなかった。しかし、離れた宜野座でどれほど私たち家族のために祈ってくれたのだろう。これまでの奇跡を数えると、その裏にある母の祈りの支えに感謝した。言いたくても言えなかった感謝の気持ちを伝えることができて本当に良かったと思っている。

 それから「天国に行ったらイエスさまの隣で地上のためにお祈りしてね」とお願いすると、「わかったよ」と言うようにうなずいた。その4日後、母は安らかに天へ召された。

 人生を振り返った時、苦しいことも確かにあっただろう。しかし、なぜかその記憶を思い出せない。それ以上に、神さまがすべての試練を乗り越えさせてくださった感謝で心がいっぱいなのだ。

 イエスさまを信じて歩む人生には、なんの心配もない。どんな問題が起こっても、イエスさまが共におられるのだ。そして、いつもあなたやあなたの家族のために誰かが祈っていることを忘れないでほしい。この真の神さまの道を歩めば、間違いはない、私は今までの人生からそう確信している。

教会メンバーに囲まれる正子さんとご主人の義一さん
詩篇23篇

主は私の羊飼い。
私は、乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。
主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。
あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。
私の杯は、あふれています。
まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。

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