夢とラーメン屋と献身

中学3年生の頃、兄の影響でギターを始めた。受験勉強もせずに学校の音楽室でバンドの練習をしていたのを先生に禁止されてしまう。そんな時、ドラムを担当していた友人の通っていた教会で、バンド練習をさせてもらえることになった。

水曜日と日曜日の礼拝に参加することを条件に、教会での練習がスタート。礼拝に参加するうち、イエス・キリストの十字架と救いのメッセージに心打たれ、クリスチャンとなる。高校卒業後は、職業ミュージシャンの夢を追いかけ、音楽スクール進学のため上京。当時通っていた東京の教会で、後に妻となる女性に出会う。お互い音楽が好きで、「将来はコーヒーを飲みながらゴスペルが聴けるライブハウスをつくって、音楽伝道をしよう」と夢を語り合った。

しかし、通っていた音楽スクールが倒産し閉校。夢半ば、沖縄へ帰る。営業職、餃子専門店、製麺所を経て、26歳でラーメン店を開業する。ところが、30歳の頃バブル崩壊の影響を受け店は倒産。自己破産に追い込まれ、1億円の借金を抱えることになった。

「一生かけて返そう。そう思うしかありませんでした」本土に住み込みで働きに行こうかとも考えたが、友人の紹介でまたもラーメン屋で働くことになる。その友人の伝で、売りに出された屋台を紹介された。親兄弟には猛反対されたが、屋台形式で赤道ラーメンを開店した。その時妻と「人に迷惑をかけない、借り入れをしてまで商売をしない」2つの約束をして再スタート。苦しい道のりの中、イエスさまだけが彼の支えだった。試練の中、自らの人生を神さまに捧げたいと思い、2011年から神学校へ通い牧師の召命を受ける。

そして、一つのみ言葉が与えられる。

「私と私の家とは、主に仕える」ヨシュア記24章15節

家族の絆

経営も軌道に乗り、借り入れもせずに不思議な方法で店舗も徐々に増えていった。返済に一生かかると思っていた借金も完済。そして、コロナ禍にあっても新店舗開拓の機会を得る。当初は、若者向けに新しいコンセプトのラーメン店を企画していた。

しかし、妻との何気ない会話から二人で語り合った夢を思い出し、事業ではなく自身の夢であった「音楽伝道」に立ち返る。「今しかない、そう思ったんです」

また、妻と娘のアイディアから、カフェと練習スタジオを併設した新しい形のライブハウス「LIFE SEED」を立ち上げることにした。素材にこだわった手作りスイーツを食べながら、気兼ねなく伝道が出来る場所として、多くの方に利用してほしい。

また、教会のイベントや集会でも利用可能とのこと。バンドの練習用スタジオは2室兼ね備えている。「若い頃の自分のような音楽家を目指す若者たちに使って欲しい」まさにオーナーの思いが詰まったライブハウスだ。

息子の基喜さんと娘の真実さんも献身し、神学校を卒業。基喜さんは赤道ラーメン泡瀬店の店長をしながら、教会で伝道師を務めている。LIFE SEEDの店長を務める真実さんは、「父の夢を聞いた時、家族みんなで神さまのために働きたい、そう思いました」と笑顔で語る。

父と母の信仰は子ども達に受け継がれ、家族の夢へと変わった。イエスさまに仕える赤道ラーメンの新しい挑戦は、ラーメン以上に人の心を幸せにするだろう。