v70 特集

驚くばかりの神の恵み

沖縄611霊糧堂世界宣教教会 主任牧師 喜納 政弘

喜納政弘牧師

おいたち

「私はどうしてこんな家庭に生まれたのだろうか。」私は、幼い頃自分の家庭が大嫌いでした。それは、私の家が特別貧しく、争いが絶えなかったからです。

私の父は、警察官を辞めてビジネスを始めたのですが失敗し、町はずれで土地を借りて農業をすることになりました。それがひどい貧困の始まりでした。

両親は生活苦の中で喧嘩が絶えず、そのなかで兄弟間の関係も悪化。兄は私をよく殴り、私も二人の妹を殴り泣かせていました。ある晩のこと、母は父との口論の最中に「もう、この家を出て行く!」と言って、ふろしきに自分の荷物を包み始めました。

その光景を目にした私は恐ろしくなって、「お母さん出て行かないで!」と必死に母の足にしがみつき、泣いて懇願しました。母も涙を流し、幸い家出はとどまってくれましたが、その光景は今でも頭に焼き付いています。

また、毎晩母は「人生は一生涯苦労ばかりだね。」と壁に寄りかかりながら嘆いていました。その悲痛な声を忘れられません。

そんな家庭環境の中で私の心はすさんでいき、学校で友達をいじめたり、先生を困らせる悪い生徒になっていました。しかし、幸いな事に小学校三年生の時に愛に満ちた先生に出会い、良い感化を受け、次第にまじめな生徒になりました。

その後、勉強も熱心にするようになり、中学と高校は良い成績で卒業できました。

キリストとの出会い

高校卒業後、1967 年に米国政府の奨学金でハワイ大学に留学する特権に預かりました。それは、授業料・生活費すべてが支給されるフルスカラーシップです。(当時、沖縄はアメリカの統治下にあり、毎年米国政府が沖縄の学生を対象に留学選抜試験を行い、米国本土とハワイの国立大学に学生を留学させる制度がありました。)

貧しい家庭で育った私は、留学の夢を持って懸命に努力したので、合格した時は天にも上る思いでした。ハワイでの留学生活は物質的に豊かな生活で、生まれて初めてハンバーガーを食べ、アイスクリームも食べ放題と、天国に来たような気分でした。

しかし、勉強の厳しさや、アレルギー性鼻炎に悩まされ、間もなくして不眠症になってしまいました。「ああ、自分はもうこれで失格者として帰国させられるのか。」

そんな思いが強くなり、心配で眠れなくなるのでした。「人生、どうしていつまでも絶え間ない生存競争の中で、目的もなくがむしゃらに生きていかねばならないのか。」と生きる目的について疑問に思ったものでした。

そんなある日、大学のクリスチャンの友人(日系三世)から聖書をもらいました。それを読み始めると聖書の1つの御言葉が私の心を強くとらえたのです。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイの福音書11章28 節)

これは、イエス・キリストが語った御言葉でした。この聖書に人生の悩みに対する解答があると感じ、そのクリスチャンの友人と聖書を学び始めました。

しかし当時の私は、科学万能主義の考えを持っており、聖書の奇跡は矛盾だらけに思え、聖書の御言葉を素直に信じることができませんでした。

ある晩、その友人は涙を流しながら、私のために祈ってくれました。その時、神様が私の心に触れたのです。

そして、私はイエス・キリストを自分の救い主として信じ受け入れる祈りをしました。すると、キリストの十字架によって自分の罪が全て赦されたという解放感が与えられ、素晴らしい平安で心が満たされました。

その晩、赤ん坊が母親の腕の中でスヤスヤと眠るように、ぐっすり眠る事ができました。翌朝、実にさわやかな気分で目覚めました。その日以来、一年くらい続いていた不眠症がいやされました。

また、その朝は何と私の二十歳の誕生日でした。「これは偶然ではない。神様が生きておられる証拠だ。」と、確信を持つことができました。

友人とハワイ大学にて

ある日の夕方、散歩している時に、大学の上にかかっている虹を見ました。ハワイ大学は山手にあってレインボーキャンパスと呼ばれ、頻繁に虹が現れるのですが、その日の虹は今までに見たことのない程に美しく、私の心を感動させたのです。

そして、周囲の世界がとても美しく見えることに気づきました。「そうだ、これはキリストにあって私の人生が新しくなったからだ。」と悟った瞬間でした。

「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(Ⅱコリント5章17節)

この御言葉の通りでした。

私はすぐに両親に手紙を書いて、私の人生に起こった出来事を告げました。そして、彼らのこれまでの苦労に心から感謝していることと、キリストにある罪の赦しと永遠の命の希望を伝えました。

信仰に入って約3年間、両親の救いのために祈り、手紙のやりとりを続けました。その後私は大学を無事卒業し、帰国しました。再会した時、両親の心はすでにキリストの福音に開かれており、彼らは快くキリストを信じ、私と共に教会に通うようになりました。

本当に大きな喜びでした。「人生はただ苦労ばかりだね。」と口癖のように語っていた両親のその口から、賛美の歌と感謝の祈りを日々神に捧げる姿を見るようになりました。

やがて、二人とも87歳で天国を確信しながら平安の内に召されました。嬉しいことに、現在私の兄もキリストを信じて教会に熱心に通っています。

驚くべき恵みを感謝

私の人生を振り返って見ると、神様がこれまでにして下さった恵みは数えることができません。

私は大学卒業後、沖縄でインターナショナルハイスクールの教師の道が与えられました。また、胃癌の宣告を受けましたが、多くの方々の祈りによりいやされました。そして、多くの国々に学びや宣教の働きに行く機会が与えられました。

現在、私はキリスト教の牧師として神様と人々に仕えさせていただいています。開拓当初どこのサポートもない経済的にゼロの状況で、一軒家を借りて教会をスタートしました。

しかし、今では琉球大学の近くにとても広い土地が与えられ、立派な教会堂と教会付属のインターナショナルスクールを建てるという驚くばかりの恵みに預かっています。

私の人生で何よりも嬉しいのは、多くの人々が教会に来てキリストを信じ、新しい希望に満ちた人生を歩んでいる姿を見ている事です。

聖書の中に

「私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。」(詩篇23篇6節)

という御言葉が実に現実のものとなっています。

妻・息子と一緒に

まことの神様とは

まことの神様は恵みといつくしみに満ちた神様です。その方は愛に満ちた良いお父様です。この方によって世界の全てのものは創造されました。

その方は私達人間を造られ、一人一人の人生に素晴らしい計画を持っておられます。そして、私達全てのものが豊かな人生を体験するために、今から約2千年前に神の一人子である御子イエス・キリストをこの地上に遣わして下さいました。

この罪のない神の御子が、人類全ての罪を十字架で身に負い、私達の罪の身代わりに死んで下さったのです。そして、御子イエスは死んで3日目によみがえり、全ての人に罪の赦しと永遠の命の希望を与えて下さいました。

私達はこの救い主イエス・キリストを信じることによって、神の子どもとなる恵みに預かるのです。それによって私達はこの地上でも、また来るべき永遠の神の国(天国)においても、神の愛に満ちた人生を体験できるのです。

聖書に

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書3章16節)

と書かれています。

どうか、あなたもイエス・キリストを救い主として信じ受け入れて、天の父の備えておられる豊かな人生を体験して頂きたいと願います。

キリストを信じるためには、次の祈りをすれば良いのです。

「イエス様、私のこれまでの全ての罪をお赦し下さい。あなたを私の人生の救い主、そして主として心にお迎えします。」

あなたがこの祈りを心からされたのならば、あなたの全ての罪はキリストにあって赦され、神の子どもとなる特権に預かったことを信じて下さい。そして、救い主イエスがあなたの内に住み、あなたの人生を豊かな実を結ぶ人生へと導いて下さることを信じ期待して下さい。


また、このまことの神様について詳しく知るために、お近くのキリスト教会に行かれることをおすすめいたします。

神様の恵みといつくしみが、とこしえまでもあなたの上にありますように祈ります。

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