v84特集

神さまの愛と守りの中で

島袋潔美さん

離婚・借金・そして未婚の母に

私は宮古島で生まれ、小学校3年生の時に家族で本島へ引っ越しました。高校を卒業後、バス会社にバスガイドとして就職しました。23 歳、同僚の男性と結婚。しかし、彼は浪費癖がひどく、様々なところに借金を作り、私の名義でも借金をする始末。さらに、私の家族のお金にまで手を出し、警察沙汰になりました。詐欺罪で捕まる日、離婚届にサインしてもらい、2年の結婚生活に終止符を打ちました。


 私名義の借金は700万円。借金の取り立てを恐れ、夜でも家の電気を付けず、お風呂も暗い中そっと入りました。恐怖に押しつぶされそうな時、口から出てきたのは「主の祈り」でした。私の叔母は教会に通っており、誘われて何度か参加した集会で聞いた主の祈りを覚えていたのです。祈りの意味もわからないまま、ひたすら繰り返して祈ると、なぜか安心して眠りにつけました。


 バスガイドの仕事だけでは借金返済に追いつかず、仕方なくスナックでも勤め始めることに。そこである男性と知り合いました。彼も一度離婚を経験していました。お互いに通じ合うところがあり、いずれ結婚するものと思っていたある日、前妻とよりを戻すと切り出されました。その後すぐ、彼との子どもを妊娠したことが分かりました。

 彼に打ち明けると、今すぐ認知は出来ないが、毎月援助をするから産んでほしいという返事。前妻との再婚の意思は固く、やはりそうかと落胆しました。
 

 未婚での妊娠、それでも続く借金の返済。のしかかってくる重圧に押しつぶされそうでしたが、「死んでしまいたい」とか、「子どもを産まない」という思いは一切よぎりませんでした。振り返ると、神さまの守りの一つだったと信じています。

叔母を通して教会へ

 最初の結婚でも家族に迷惑をかけたのに、今度は未婚での出産。やっとの思いで親に打ち明けると、母は子どもを身籠ったことを喜んでくれました。祖母も「いいんだよ」と励まし、「何か必要なものはないか」と心配してくれました。親族の誰も私を非難せず、愛をもって受け入れてくれました。


 その中でも、私の子守りをよくしてくれた叔母は、人一倍私に思い入れがありました。叔母は、自分が通う教会ではなく、叔母宅の近所に引っ越してきた教会に私を連れて行きました。叔母は以前そこを訪ねた時、私にはこの教会が必要と思ったそうです。


 誘われるがまま礼拝に参加しました。賛美が始まったとたん、神さまの大きな愛に包まれたように感じ、涙があふれて止まりません。叔母は牧師夫人に「姪のために祈ってください」とお願いしていたそうです。叔母と教会の皆さんの祈りがあの頃の私を守ってくれたことを、本当に感謝しています。


 教会に通い始めたある日、自宅の本棚にふと目がとまりました。1冊の本が光っているように見えたのです。それは、「賛美の力」(マーリン・キャロザース著)という本で、数年前に叔母にもらったきり、一度も目を通していませんでした。不思議に思い読み始めると、今までの苦しみが溶かされていくかのように、涙があふれて止まりません。これらの経験を通し、神さまの存在を信じ始めていました。


 その後、教会に通い続ける中で、イエスさまが私の罪のために十字架にかかって死に、三日目によみがえられたことを信じ、私の救い主として受け入れました。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」(使徒の働き16章31節)という聖書のみことばを握り、1991年5月、妊娠4ヵ月の30歳で洗礼を受けました。

バスガイド時代

過去の自分と決別する

 イエスさまを信じてから、昔のような自分に戻りたくない、神さまに喜ばれる生活を送りたいと思うようになりました。娘の父親である男性から、毎月10万円の援助の申し出があり、1回目は洗礼前に受け取っていました。しかし、家庭をもった方と関係を続けてはいけないと思い、彼に会って話す場をもうけ、「もう援助は入りません」と伝えました。彼は「それはできない」と食い下がります。私はイエスさまを信じたこと、このままの関係はお互いにとって悪く、二度と会わないと話しました。彼はポケットから封筒を取り出し、せめてこれだけはと、準備してきた10万円をテーブルに置きました。断る私を背に、封筒を置いたまま出て行ってしまいました。


 私には10万円は大金で、生活に必要なお金でした。しかし、これを受け取ってしまっては昔の自分のままです。「神さま、あなたに預けます」と、そのまま封筒ごと教会に献金しました。すると神さまはこの献金を祝福してくださいました。身重の体ではバスに揺られるガイドの仕事はできず、収入はゼロになるはずでした。しかし、職場の先輩が別の仕事を紹介してくれたり、色々な人の援助を受けて、何とか生活することができました。

家族の愛と娘の信仰に助けられ

1991年10月、娘を出産。シングルマザーとなった私を家族や親戚のみんなが助けてくれました。ガイドの仕事は早朝から始まる日もあれば、泊まりがけの日もあります。そんな時、私の叔父や叔母とその家族が快く娘の面倒を見てくれました。また、叔母はよく娘のために祈ってくれました。娘が保育園に通っていた頃、明るくストレスがないように見えたようで、先生方が「ひとり親家庭なのに元気に育っていますね」と言ってくれました。その時、支えてくれる家族の愛に心から感謝しました.


 私の仕事は観光業のため、日曜日の休みはなかなか取れません。たまにある午後出勤の日は、礼拝へ参加出来ましたが、疲れなどから教会へ行くのが面倒になってしまうことも多々。また教会では、日曜礼拝の他に、家庭集会や祈り会などがありました。娘はこれらの集会へ行くことが楽しみで仕方なく、「絶対に教会へ行く!」と娘に引っ張られて通う時期もありました。ある日、2人でバスに乗ろうとした時のことです。バス停で「自分の会社のバスだとタダで乗れるんだよ」と説明すると、「お母さん、お金のことばかり考えていたら神さまから恵みもらえないよ」と言われてしまうことも。そんな娘の信仰が、シングルマザーで苦しい状況の中でも私の信仰を支えてくれました。


 日曜日に休みが取れる仕事をしたいと思うのですが、月曜日になると現実に戻され「そんなの無理」とあくせく働く毎日。そんなことを繰り返すうち、心に安らぎがない事に気がつきました。バスガイドの仕事を辞めると決意し、牧師夫人に「日曜日に休みを取れる仕事が見つかるように祈って下さい」とお願いしました。


 後日、牧師夫人からある男性を紹介されました。私と同じように一人で子育てをしている方でした。彼には先に、牧師先生から私たちのことを紹介されていたようです。先生からの紹介を受け、迷いもなく「はい」と返事をしている自分に驚きました。その方と結婚を前提にお付き合いをすることになりました。

再婚と新しい生活の始まり

 彼は奥さまを病気で亡くしたと聞きました。大病を患っていた奥さまは、癒やしを求めて教会に来られたそうです。教会から彼女が帰ってきた時の生き生きとした表情を見て、彼も教会へ行くようになったそうです。


 ある晩、彼女の容体が悪化し病院に運ばれ、輸血が必要になった時、彼は慌てて牧師に連絡しました。2〜3人の血液で十分だったのですが、30名ほどの教会の方が夜中に駆け付けてくれた姿に、イエスさまの愛が重なり、イエスさまを信じる決心をしたそうです。


 娘が幼稚園生になった1997年、36歳で再婚。「いい子にしていたら、神さまが必ずお父さんをプレンゼントしてくれる」と信じて祈っていた娘は、とても喜んでいました。主人には娘より10歳上の息子がおり、家も賑やかに。そして、結婚を機に職場を退職。負っていた借金は退職金で完済でき、本当の意味での新しい生活がスタートしたのです。教会に行くために新しい仕事をくださいと祈っていた私に、神さまが準備してくださったのは、それよりも素晴らしい結婚だったのです。


 再婚してからも、娘は私たちを引っ張ってくれました。日曜礼拝に行く道中、夫婦で「今日はスーパーの朝の大売り出しだね」と話していると「スーパーのセールと神さまどっちが大切なの」と諭されることも。娘の影響もあってか、無口で物静かだった夫も、明るく、人とよく話すようになりました。現在は夫も退職したので、自宅や庭を奇麗にして、そこを祈りや伝道の場にしたいと準備しています。

父との関係

 私の父は酒を飲むと母に暴力を振るう人で、子どもの頃から父のことが大嫌いでした。長女の私は、子どもの中で唯一暴力を振るわれ、一生赦さないと思っていました。しかし聖書には、赦すこと、愛することが何度も出てきます。「父を赦します」と声に出して祈っても、心は父を憎んだまま。教会に通い、聖書のみことばが心に入り、父への憎しみが徐々に父を赦したいという思いに変わっていきました。「私の力では父を赦せません。赦せるように助けてください」と祈るようになり、時間はかかりましたが父を赦すことが出来ました。


 しかしある日、フラッシュバックのように、父に暴力を振るわれた時のことを思い出したのです。父のことは赦したはずなのにと思った時、心の奥深くにある傷は癒やされていないという事に気づきました。「実の父に愛されなくても、天の父に愛されている。私はそれで十分です」そう祈った時、心の傷が癒やされたのがはっきりと分かり、平安で満たされました。クリスチャンになってから実に20年以上もかかりました。それまでは、父と話しても作り笑いしかできず、父の言葉も信用できませんでした。しかし、父の言葉を素直に受け取り笑って話せるようになり、今では父を心から愛しています。


 
 両親やきょうだいはまだ救われていませんが、クリスマスの時期になると「クリスマス会はいつ?」と聞いてきたりします。母は教会に行っていないのに「日曜日は教会に行ったほうがいいよ」と言ってきたり。私の家族は必ず救われるという神さまの約束を信じ、祈り続けています。

私の人生を通して伝えたいこと

 振り返ると、これまでの人生は神さまの守りと愛の中にあったと確信しています。シングルマザーという環境の中で家族の助けがありました。娘の信仰に励まされ、共に人生を歩む夫が与えられました。


 また、私の体験を若いシングルマザーの方にお話しして、寄り添い、励ます機会もありました。私の人生が誰かの助けになるのなら、何一つ無駄ではなかったと神さまの計画に感謝しています。
 
 60歳を迎え、救われてから30年になりました。これからは、イエスさまを知らなかった人生より、イエスさまと共に歩む人生の方が長くなります。


「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて、感謝しなさい。」(第一テサロニケ5章16節〜18節)このみことばが私の霊に留まり、私の言葉・態度・表情・思いを聖霊さまに日々導いて頂きながら、イエスさまの愛を伝えていきたいと夫婦で日々祈っています。

ご主人と一緒に

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