Daily Testimony#15

日常に隠れたイエスさまの祝福を探し出し、ほっこりしませんか。日々の証しを、家族や友達とシェアすると、私たちの内側から主の喜びが湧き上がります。笑いに涙に、何気ない会話の中にイエスさまは祝福を隠しておられます。

建設現場で働くイエス(Tさん60代男性)

 私は、建設現場で現場監督として働いています。クリスチャンになってから自分のできる最低限の事として、現場に着くとまず祈って仕事を始めるようにしました。その場所が祝福されるように、そして携わる職人さんたちが安全で滞りなく作業ができるようにと毎回祈っていまいした。

 よく一緒に仕事をする職人さんたちは、私がクリスチャンである事を知っており、毎回私が祈る姿も目にしていましたが今まで特に何か言われることはありませんでした。

 しかし、最近の昼休み時間に職人さんの一人が声を掛けてきました。

「教会ってどんなことをするのか?イエスさまってなんか?」少々ぶっきらぼうな口調でしたが、私が説明するのをよく聞いてくれました。そして最後に「あなたも教会に来てみたらどうですか」と言うと「俺はそんな弱い人間じゃない」と即答され、その言葉に膝がガックリと折れるようでした。しかし、少しでも聞く耳が開かれていることに感謝しました。

 別の現場でのこと、その現場は資材搬入の遅れや人員不足で作業が思うように進んでおらず、私は頭を悩ませていました。すると職人さんの一人が「イエスさまは全部備えてくれるんだよな!だから大丈夫だよな」と言うのです。彼はクリスチャンではありません。私がいつも何気なく話しているのを聞いていたのでしょうか。

 その言葉に励まされ彼に「神さまに祈ったんですか」と聞くと「祈っていない」とはっきり明言され唖然としてしまいましたが、何かしらその職人さんの心にイエスさまが残っていることに感謝しました。

 これまで、熱心に仕事場で伝道することは出来ていませんでした。ただ、自分の最低限できる事として、職場とそれに関わる人たちのために祈ることだけはしてきました。神さまはこのような私の小さな祈りに応えて、しかも魂に働きかけてくださっていることを感謝します。

 建築現場で働く職人さんたちは、一癖も二癖もある強者ばかりですが、いつか彼らと一緒に教会へ行く日が来ることを期待しています。

それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。ルカの福音書24章31節

God bless you

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