Daily Testimony#11

日常に隠れたイエスさまの祝福を探し出し、ほっこりしませんか。日々の証しを、家族や友達とシェアすると、私たちの内側から主の喜びが湧き上がります。笑いに涙に、何気ない会話の中にイエスさまは祝福を隠しておられます。

祈りの変化は祝福の始まりでした(30代男性)

 今年に入ってからのことです。礼拝のメッセージで「自分のためにではなく誰かのために祈りましょう」と語られました。そこまで意気込んでいたわけではありませんが、聖書にある通りやってみようと言う気持ちで祈り始めました。

 毎朝、娘を保育園に送る車内で、まず娘の保育園の先生やお友達のために祈ります。次に教会と牧師先生方、そして妻の職場のためと家族親族の祝福のために祈ります。最後に、私が経営しているお店のために祈ります。娘の送迎から数十分程度の短い祈りをとりあえず毎日続けていました。

 ここ最近はコロナ禍の影響もあって経営の厳しい状況が続いていましたが、毎朝の祈りを始めてから売り上げが良くなっていることに気づきました。しかし、何より感謝なことは、この祈りを始めてから心が楽になり穏やかになったことです。以前は、自分の事業が祝福されることを先に祈っていました。その時は仕事のことしか考えられず、毎月の売り上げに一喜一憂したり、肩に力が入って過度なストレスを感じることも多々ありました。案の定、そんな祈りを続けていると他のことは目に入らず、神さまを心の隅に追いやっているようでした。

 誰かのために祈ると言うことは、今まで何度も語られてきたと思います。しかし、その大切さを本当に理解することはできていませんでした。今回の礼拝のメッセージを通して、自らの努力によってではなく、聖霊さまの導きによって祈り始めたことは、私の力ではありません。祈りの変化によってまず神さまを第一にすることと、人を愛することの本当の恵みを体験することが出来て感謝します。

 最近では、祈り始めると心に思い浮かぶ人のために祈るようになっています。これは、以前の私を振り返ると自分でも本当に不思議なことです。20代の頃は良くも悪くも尖っていて、人より良い暮らしをすることや良い物を持つことを目標として生きていました。結婚して娘が生まれ、人生には世の中の言うようなステータス以上に大切なものがあって、何より神さまの恵みによって生かされていることの素晴らしさを知ることができて本当に感謝します。これからもイエスさまを一番にして祈り、真の祝福が現されるように心から期待します。

すべての感謝と栄光をイエスさまに捧げます。

だから、こう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。』マタイの福音書6章9・10節

God bless you

 

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